全体から 部分へ

昨日のコンサートの
鍋島久美子さんのプロファイルに、
「耳を開く活動」という言葉があった。

私にとって、とっても興味深い言葉だった

耳を開くとどうなるのか?

これは私個人の意見なんですが、
より原始人にちかくなる。
つまり、五感がさえるとでもいうのか

現代社会では、いろん情報に恩恵を受けたり、
振り回されたりと・・・

でも、自分の持っている
体の機能をもっとシンプルに使うと
今見えないものが見えてくるのかも・・と思っている
みえないものなんて、
ちょっと不気味感が漂ってしまうかも知れないけど
ボキャブラリーが貧困故お許しを・・

これは嗅覚だったり、視覚でも同じだと思うが。

私も音楽ではないが、耳を開く?活動を
長く続けてきた、
いろんな国の言葉をただ単に聞き続けるといったもの、

はじめに、抑揚とかリズムとかが見えてくる
何度も耳に残るものが気になる。
いろんな言語の違いがわかってくる・・・・

多分、おおきなものの全体を見てると言う感じだ。

全体が自分に感じられると
その全体にただ漂っているだけで、
いろんなものが動き出す

これって自然科学なのかも知れないけど・・・
誰にでも起こる普遍的な法則性なのだ

当時、物理や化学など全く興味などなかったが
果敢にも、量子力学やハイデルベルクの部分と全体の
輪読会をやった。

量子力学と言ったら、物理の最高峰で
素人が理解などできるものではなかったが、
その素人集団が、分かるところからまとめた
量子力学の冒険という本の輪読会をやった。

この本は後に量子力学を学ぶ者に
大変わかりやすいと言うことで、
アメリカのマサチューセッツ大学での
テキストにも採用された本なのだが

ただ単にみんなで読み合って、
気がついたり、分かったりしたところを
話あうだけ
でも不思議といろんなことが
分かっていくのだ。
これも全体から分かっていくという事をやっていたと思う

上手くまとめられないけど
全体から部分へ・・ということは
なにか意味を持っていると思う
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by kikicava | 2006-12-23 17:27 | 感じたこと